先週読んだ本。
『シリアの家族』(小松由佳著)
10年以上におよぶシリア内戦の取材。
まずこの著者の人生が激動シリアとおなじくらい波乱に満ちている。
落胆や絶望に遭遇しても、あらたなる自分に出会えるチャンスとして捉えてしまう。
好奇心の強さ。
先が見えない日々を生き抜く力は、いたってアルパインクライマー向きではないか。
由佳さんは、東海大山岳部出身。現役時代は年間山行日数200日。
(オイラの最高でせいぜい150日(笑))
二十代でK2(8611m)の日本人女性初登頂したり、シスパーレ(7611m)北東壁を試みたりしている。
そうした経歴を経て、いまの写真家としての人間へ、とりわけシリア難民へのまなざしがあるのではないか。
もはやどうにもならなくなったときどうすればいいのかに対するヒントが、この本にあるかもしれない。
バレエ(踊りのほう)について何か書いたのはじめてかも。
クライミングが上手い人ってしばしばバレリーナみたいな動きっていわれる。
また登山歴10年で体力には自信ありくんより、登山歴ゼロでバレエすこしやってましたさんのほうが、クライミングは遥かに上手い。
あと登山歴の長さは飲んだ席以外はクソの役にも立たねえ、とは書かなかったよ(笑)
昨夜読んだ本。
『覚悟の力』(宮本祖豊著)
比叡山十二年籠山行の満行者の話。
ここ半月ほどで、千日回峰行、大峯千日回峰行、そして比叡山十二年籠山行と荒行の本をいろいろ読む。
(SNSで紹介した以外にも読んでいる)
以下、荒行全般の印象。
いずれの荒行も「やったやったやりました」といううすっぺらな達成感の話は出てこない。
荒行を終えたからといって、空が飛べるようになるわけでもなければ超能力が身につくわけでもない。
声を大にして人生哲学を語るわけでもなければ、いきなり教祖になるわけでもない。
長い年月をかけて成し遂げたのだから、その体験を生かして何かしなければといったとらわれもかんじられない。
荒行を終えてからも、日々の暮らしのなかで行はつづいている。
求めていたものが遥か彼方ではなく身近なところにあったことに気づいたりする。
人はしょせん自然の猛威にはかなわない。人は生かされている。
得たものは何かという月並みな問いは適切ではないかもしれないが、ちいさな気づきではないだろうか。
長い年月と修行の積み重ねを経てようやくたどり着いたちいさな気づき。だからこそ、そこには深い意味が生まれる。
もしかしたらそのちいさな気づきの価値は当事者にしかわからないものなのかもしれない。
荒行において達成も身体を酷使することも手段であって目的ではない。荒行の目的は、自分自身を掘り下げていって悟りにちかづいてゆくこと。
昨夜読んだ本。
『43歳頂点論』(角幡唯介著)
登山家冒険家の頂点は43歳ではなかろうか、という仮説にもとづいた論考。
植村直己、長谷川恒男、星野道夫、谷口けい。いずれも享年43。
うんうん、たしかにそうだ。
体力、気力、経験を統合すると、登山や旅において四十代前半が死ぬ確率はもっとも高まる。
ただこれらは最大公約数的にみてのはなし。
オイラが現役で山に行っていたころ、山でそこそこ使える人の半数は二十代で死んだ。
また近年盛んな山岳レースやスピード・ツーリングでは、五十代でも信じられないような記録をつくる。
ところで頂点を過ぎたらもう登山や旅に取り組んでも意味がないのか。
いやいや、そんなことはない。
すでに五十歳ちかい著者がグリーンランドを舞台に楽しく充実した旅を行っているではないか。
ちなみにオイラの登山の頂点は15歳だった。
(登攀クラブ蒼氷にいた十代後半から二十代前半は完全に終っていた)
でも身体が故障だらけ、体力も若いときの10分の1くらいになった五十代六十代の登山や旅が、若いころよりも楽しく充実もしている。
年齢を重ねたほうが、取り組む対象とより深く関わりがもてるようになるのだから。
きのう読んだ本。
『重厚長大 正木喜啓君 追悼集』
感心したこと以下。
・部員が減少してもやる人はやる
山岳部の部員減少は昭和の時代の終わりのころからあった。多くの大学ではメンバー減少にともない活動の規模を縮小。ところがこの本の正木さん、部員が自分ひとりになっても他大学山岳部がマネできないようなボリュームある山行を成してしまった。さいごは部員の数よりも個々人のやる気の問題に尽きる。
余談だが昭和の時代、部員が3人になったけれど小まわりが効くと精力的に登攀に取り組む大学も例外的にあった。
・三十代後半になっても冬の長期縦走実践
学生時代より三十代後半まで一貫して冬の長期縦走にひとりで取り組んでいた。冬の長期縦走は体力勝負。登山のあらゆるジャンルのなかで、冬の長期縦走が最初にできなくなるともいわれている。
オイラの経験では35歳のとき、冬の長期縦走の体力的な限界をかんじて見切った。和田城志が四十代後半まで冬の黒部横断をやっていたけれど、例外中の例外であろう。ヒマラヤ高峰の高齢者登頂記録はあるが、ガイドの戦略やシェルパの介護力によって支えられている。
・課題はいくらでもある
昭和の時代の終わりのころになると、課題はすでになくなったとよくいわれた。エベレスト無酸素登頂が成され、冬の欧州三大北壁がソロで登られ、国内の大きな壁の難ルートも冬に登られた。
しかし課題はすでになくなったとは旧制高校山岳部のころからいわれていたそうだ。北鎌尾根も登られちゃったとか奥穂高岳南稜も登られちゃったとか。課題はそこにあるのではなく、いかにして見いだすか。嗅覚の発達していない人、心が終った人には見えにくいのだ。
冬の長期の馬蹄型縦走、すくなくとも昭和の時代に自分のまわりでは聞かなかった。
さいごにドスの効いた冬の長期縦走のアップ。
・2008年2月16日〜3月18日(32日間)
冬季南アルプス馬蹄型縦走
布引山〜笊ヶ岳〜転付峠〜黒河内岳〜農鳥岳〜北岳〜塩見岳〜荒川岳〜赤石岳〜聖岳〜光岳〜寸又峡
・2010年2月8日〜3月11日(32日間)
冬季北アルプス馬蹄型縦走
日本海親不知〜犬ヶ岳〜白馬岳〜唐松岳〜五竜岳〜鹿島槍ヶ岳〜針ノ木岳〜烏帽子岳〜三俣蓮華岳〜黒部五郎岳
今週読んだ本。
『白鷺(はくろ)立つ』(住田祐著)
江戸時代半ば、千日回峰行に挑むふたりの僧を題材にした歴史小説。
(ふたりの僧はライバル関係)
自分はいったい何のために生まれてきたのか、このまま何ものこすことなく人生終えるのか。
せめて何か己の痕跡を。
壮大なことを成すための動機は負の経験なのか。
執念も怨念もマイナスの電極。大成するための原動力となる。
もしかしたら若いときにうまくいかなかったほうが、その後の人生でおもしろい展開が待っているのだろうか。
「北嶺千日回峰行を満行すれば、どうあっても一目置かれる存在となる」(本文より)