北岳バットレスの記事をちょこっと書いたよ。
なんといっても戦前の東京商科大山岳部の小谷部全助の活躍。
よく戦前に厳しい登山を追求=実家は特権階級のお坊ちゃん、と括られる。
(あながちちがっていないけれど)
でも当時全盛だった極地法に批判的な目を向け、前進キャンプは最小限にとどめる。
→安易なスタイルによる成功を良しとせず。
身体能力を強化するために鉄棒で大車輪までこなす。
→現状に満足せずつねに精進。
冬の北岳バットレスの1カ月前に、穂高岳で滑落して足の骨にヒビが入り、出発直前まで1週間おきにレントゲンを撮り、完治せずビッコひきながら入山。
→出発にさいして万全とはいえない状況で成功に導いた。
めぐまれていたからできた、とはならない。
むかしも今も、第一線で戦う者の苦悩や葛藤は変わらない。
でもそういう深い話はぜんぜん書いてないよ(笑)
昨夜読んだ本。
『ふたりのアキラ』(平塚晶人著)
映画のラストシーンように冬の北鎌尾根で壮絶な最期をとげた松濤明をもっと知りたい。
(松濤明についてぜんぜん知らんかった(笑))
昭和のはじめ、十代ですでに谷川岳一ノ倉沢や穂高岳の岩壁を単独登攀したり冬の南アルプスをひとりで長期縦走していたことは、もちろん知っとる。
記録ではなく紀行文が書ける人であることも、昔から知っとる。
垂直にも水平にも強く書ける人、だけではなかった。
松濤明はモテた。
モテたというよりも女心を揺さぶった。
そういう話が、この本には書いてある。
きのう読んだ本。
『新編 風雪のビヴァーク』(松濤明著)
いまさらながら、じつは読んだのはじめて(笑)
もっとも有名な昭和24年冬の北鎌尾根の遭難。
当初の予定では、北鎌尾根を末端から槍・穂高岳を経て焼岳までの縦走だった。
期間1カ月間、サポート、デポなし(直前にP2と天上沢の岩小舎までは荷揚げあり)。
80年ちかく前、テントひとつとってみてもいまの数倍の重さ。濡れて凍ったら想像つかない。
仮にいまの時代の装備や食糧でも、冬の北鎌尾根を1カ月分の食糧燃料を担いで登れる人が、果たしてどのくらいいるだろうか。
(自分でも冬のカナダの山で1カ月分の食糧燃料を担いだことがあった。スキーをふくめると50kg超えた。オイラの実力ではまず無理(笑))
あらためて松濤明の登山家としての実力が浮かびあがってくる。
昨夜読んだ本。
『冬のデナリ』(西前四郎著)
いまから約60年前、当時まだ冬季未登だったマッキンリー(6194m)に挑んだ話。
自身の体験を小説風にしたてあげたもの。
1967年2月にアメリカ人とフランス人とともに。
著者は登頂こそ逃したものの、極寒のなか山頂直下まで迫る。
(同行者は冬季初登頂に成功)
この著者は関西登高会に属し以下の記録がある。
・1964(昭和39)年6月〜7月
ユーコン、セント・イライアス(5489m)(第3登)
・1965年(昭和40)年6月〜7月
マッキンリー(6194m)サウスバットレス・東稜(初登)
もちろん一部クライマーからは評価されているものの、一般的にはほとんど知られていない。
ちなみに日本人としてはじめて三大北壁のひとつマッターホルン北壁に芳野満彦らが成功したのが1965年であるから、当時の登山界の動向もなんとなくつかめるだろう。
きのう読んだ本。
(何年かぶりに再読)
『山の旅人 冬季アラスカ単独行』(栗秋正寿著)
1998年マッキンリー冬季単独登頂を皮切りに、20年以上にわたり気温マイナス50度、風速70メートルの冬のアラスカの山に通いつづけた。延べ846日滞在。2011年植村直己冒険賞受賞。
2016年アラスカにひと区切り。
ところで、若いときに激しい登山に没頭していた人は体力が低下したらどうするのだろうか。
経験を生かしてガイドになったり写真家になったりした人がまわりに何人かいる。
あるいは登山に向けていた情熱を仕事に注ぎ成功している人もいる。
栗秋正寿は、いま海のよく見えるちいさな山の麓に居をかまえて静かに暮らしている。
必要以上に過去にとらわれないのも、自由でいいではないか。
きのう読んだ本。
『アラスカ物語』 (新田次郎著)
(いまさらやっと(笑))
本の内容は、有名なので略。
まずは自分の話から。
30年以上前、夏のアラスカのユーコン河を1カ月かけてカヌーで旅をした。
楽しい日々だったけれど、物足りない日々だった。
最後にのこされた辺境の地というキャッチコピーで、それなりのドイツ人や日本人が訪れていた。
こんなの冒険でもなんでもないじゃん。
浮世離れした桃源郷を求めていたわけではなかったけれど、旅の思い出として残る場所ではなかった。
ところがこの『アラスカ物語』を読んで、夏のユーコン河の印象が一気に変わる。
明治時代の話だけれど、どんな場所にも歴史がある。そこには人の喜怒哀楽もある。
自分のなかでかつてつまらない場所だった夏のユーコン河が、この本によって急に意味の深い場所になった。
なんでもかんでも、すぐに消化しなくてもいいのかもしれない。いまわからなくても、やがてわかるときがくるのかもしれない。