きょう読み終えた本。
『パンドラ ―約束の頂―』(大石明弘著)
この本は大石くんの半生記。
大学に入って不思議なシェアハウスに住むところから、ハチャメチャな青春がはじまる。
ちっこくまとまらない行動力の塊――野口健、平出和也、谷口けい、平賀淳、小林元喜――らとの出会いで世界は格段にひろがる。
大学1年ですぐヒマラヤ6000m峰登頂、3年でマッキンリー登頂、4年で8000m峰登頂。
(高校時代に山はほとんどやっていない)
順風満帆のようだけれど、そうでもない。
大学を出てもしばらくすると家業を継ぐことになる。大雨による自営業のための備品の大損害。たびかさなる山仲間の死。
それでも家業と家庭をもちつつ山への思いは尽きない。
国内の高難度の冬季登攀から欧州アルプス、アラスカのハンター北壁へ。そして『太陽のかけら アルパインクライマー谷口けいの軌跡』の執筆。
いったいどっからそんだけのパワーが出てくるんやッ!?
この本のタイトルであるネパール・ヒマヤラのパンドラ(6850m)北東壁に挑むのは、アルパインクライマーとしてピークをとっくに過ぎた44 歳。
ネパール入国して早々大雨による土砂災害にみまわれたり、ようやく着いたベースから壁を偵察すると予想外にコンディションがわるかったりする。
あらゆる歯車が噛み合わないなかでの挑戦。
実際にやった人ならわかるけれどリスクの高い登攀を前に、すべての条件が揃ったところでなかなか出発できない。
これらすべては大石くんのパンドラ登攀に対するモチベーションの高さ。
そしてあらためておもったのは、出会った人によってその人というものがつくられてゆくのかもしれない。
昨夜、読み終えた本。
『山を歩く、魂が還る』(矢作直樹著)
加齢により体力が低下したとき、どのようにして登山と関わっていけばいいのか。
ある年齢に達すれば誰もが直面する。
(ワシは六十歳過ぎてもピンピンしとるいう人って、もともと体力を使うような山に行っていない)
この本を読んでゆくと、体力の低下=(イコール)失うとはならないようだ。
肩の力を抜いて、はじめて見えてくる光景がある。
ゆっくり歩いてみて、はじめて気づくことがたくさんある。
もしかしたら、体力的に山が歩けなくなってからはじめて出会える世界というものもあるのかもしれない。
◇
それにしても無理のない歩みを意識して、これだけ歩けてしまうのはやはりスゴい。
著者の還暦以降の主な山行。
・2021年3月10日〜27日(18日間)、三伏峠〜小河内岳〜荒川岳〜赤石岳〜聖岳〜茶臼岳
・2022年3月12日〜22日(11日間)、三伏峠〜塩見岳〜仙塩尾根〜北岳
・2023年3月11日〜22日(12日間)、農鳥岳〜北岳〜仙塩尾根〜仙丈ヶ岳
・2025年3月17日〜4月10日(25日間)、光岳〜茶臼岳〜聖岳〜赤石岳〜荒川岳〜三伏峠〜塩見岳〜北岳
いずれも単独。
昨夜、読み終えた本。
『山と友 Ⅲ 第一巻 山 東京大学運動会スキー山岳部百周年記念誌』(東京大学山の会編)
(何年か前に届いてようやく読んだ)
大正時代より令和まで、百年間の部の活動。
なによりも時代の変化にいちはやく対応している。
昭和の時代の大学山岳部って伝統遵守で、新しいことをなかなか受け入れない傾向があった。
たしかに明確な課題があるときは考え方を固めたほうが効率的だけれど、課題が見えなくなったとたん行き詰まる。
やはり発想の転換はだいじだ。
・冬の前穂高岳北尾根に1000メートルのロープをフィックス。
→安全が確保できれば技術や経験の不足をカバーできる。1、2年生も山頂に立つことが可能になる。
・シブリン北稜の難しい岩稜で難しい箇所では登山靴から運動靴(クライミングシューズが出まわっていないころは運動靴だった)に履き替える。
→雪さえ付いていなければヒマラヤだろうが冬壁だろうが、登山靴で登ることはない。安全かつ速さ。雪も氷も付着していないのに登山靴にアイゼンじゃないとダメ、と融通の効かない人が多い。
ほかにも昭和の時代は多くの大学山岳部で消極的だったフリークライミングや冬壁を積極的に取り入れ、難峰といわれるシブリン北稜(初登)やK7(初登)へとつながってゆく。
大学山岳部にかぎらずに行き詰まるときって、だいたい思考の凝り固まりが原因のようだ。
その凝り固まりから解き放たれるには、やっぱりめっちゃ頭を使う。
昨夜、読み終えた本。
『ナルコトラフィコ』(丸山ゴンザレス著)
麻薬カルテル(麻薬の製造、密売、売り買いを行う武装犯罪組織)のビジネスの仕組みと全体像を南米から中米を経て北米まで取材。
ときには密造潜水艦で麻薬を運ぶ。
丸山ゴンザレスは、裏社会ジャーナリストとして「クレイジージャーニー」に何度も出演している。
麻薬ビジネスの世界では、いつ死んでもおかしくないといわれている。
それを追う者は、さらに死の確率が高くならないか。
取材過程で死の不安をかんじないのか。
著者は、特徴ある容姿だから狙いやすい。
危機に瀕する場面は多々あるものの、文章は淡々としている。
(経験による対策は怠っていないけれど)
もしかしたら丸山ゴンザレスの死の不安をかんじる限界点は、すくなくともオイラのような凡人なんかよりも遥かに高いのではないだろうか。
昨夜、読み終えた本。
『虚ろな革命家たち 連合赤軍 森恒夫の足跡をたどって』(佐賀旭著)
連合赤軍最高幹部、榛名山の山岳アジトにおける同志殺害事件の主犯。
連合赤軍のほかのメンバーの永田洋子、坂口弘、植垣康博は獄中手記を出版している。
森恒夫は逮捕後に東京拘置所で自殺したので、詳細な軌跡を追った書籍がこれまでになかった。
ところで、なぜオイラがラディカルな思想の持ち主の書籍を選ぶのか。
暴力による革命の是非はさておき。
社会性云々をバッサリ切り捨てて己の理念にすべてを賭けた狂気に、どこか惹かれるからだ。
極限に対峙する志気は、一部の芸術家にも通づる。
オイラの登山も旅もどうあがいても、狂気の産物と揶揄される領域までは踏み込むことができなかった。
昨夜読んだ本。
『親友は山に消えた』(小林元喜著)
山岳やアドベンチャー・レースのカメラマンとして活躍した平賀淳。
2022年、アラスカのデナリ国立公園で撮影中にクレバスに転落死。享年43。
この本は、平賀と幼なじみだった著者による人物ルポ。
平賀淳には一度だけ会ったことがある。
(某山麓で某番組の裏方をやったとき。班は別の班)
共通の知人がいることが会話のきっかけで、平賀が一方的にしゃべりまくった。
おそらく1分に満たなかったけれど、印象は強烈。
ヘンなヤツだった。
でも不快なかんじはない。アジアの安宿のドミトリーにたむろしていそうな、おもしろそうなヤツ。
見た目はそこそこインド人。
この本を読むにしたがって平賀が見えてきた。
・エピソードに事欠かない酒癖の悪さ。
・電話魔。
・計画性のない実行力。
そして、俺は俺にしかできない仕事をしたい、と。
あっ、やっぱり。おもろいヤツだったんだな、、
さてこの本のさいごに著者が平賀淳の転落したデナリの氷河に立つシーンは、感動的だった。泣ける(泣かなかったけど)。