世知辛いご時世を反映しとるのかどうかはわからんけれど、山小屋も予約やら制限やらうるさくなってきたみたいじゃのぉ。
いっそのこと消灯時間過ぎても飲んだくれて自慢に値しない自慢話を垂れ流す自称・山のベテランのクソ・オヤジとかも制限を設けたほうが、お客さまにとってより快適に眠れるようになるんやないかなぁ(笑)
GWはどこにも行かずいろいろ考えた。
ここ1年、ひろく浅くお勉強ごっこしたガイドさんがピンとこないような登山家を調べている。
目立たないから表に出したい。
一方で目立たない良さもある。
表に出たはええけれど、中身スカスカはたくさんいる。
そもそも価値基準はひとつじゃない。
登山界ウォッチング、やっぱりおもろい。
これからもガチガチに凝り固まった枠にとらわれず、内なる声に耳を傾けよう。
GWは何もしなかったけれど、そんなことを考えた。
昨夜のThe Tribeでのトークイベント「長期間&長距離 登山家列伝 第5回目 風狂を尽くして 早稲田大学山岳部9年生、竹中昇」だよ。
今回のシリーズで竹中昇が、もっともなじみがうすいかもしれない。これまでの人たち――細貝栄、溝江朝臣、和田城志――は、山岳雑誌にインタビュー記事がある。大きな顔写真とプロのライターの文章があるかないかで、印象がちがってくる。竹中昇の雑誌の登場はない。
より厳しいルートから冬の剱岳・黒部を登るためのステップとしてヒマラヤ7000m峰に登るという発想、おもしろいじゃないか。
(かつては日本の山はヒマラヤのためのトレーニングという考え方が色濃かった)
精力的に難度の高い活動をしていても、自己顕示欲に乏しいと名前が出にくい。
誰かがとりあげないと、いつのまにかいなかったことになってしまう。
AIの見識の浅さって、わからないことがあったらなんでも訊いてくださいっていう自称・物識りガイドさんにすごくよく似ている。
きょう読み終えた本。
『パンドラ ―約束の頂―』(大石明弘著)
この本は大石くんの半生記。
大学に入って不思議なシェアハウスに住むところから、ハチャメチャな青春がはじまる。
ちっこくまとまらない行動力の塊――野口健、平出和也、谷口けい、平賀淳、小林元喜――らとの出会いで世界は格段にひろがる。
大学1年ですぐヒマラヤ6000m峰登頂、3年でマッキンリー登頂、4年で8000m峰登頂。
(高校時代に山はほとんどやっていない)
順風満帆のようだけれど、そうでもない。
大学を出てもしばらくすると家業を継ぐことになる。大雨による自営業のための備品の大損害。たびかさなる山仲間の死。
それでも家業と家庭をもちつつ山への思いは尽きない。
国内の高難度の冬季登攀から欧州アルプス、アラスカのハンター北壁へ。そして『太陽のかけら アルパインクライマー谷口けいの軌跡』の執筆。
いったいどっからそんだけのパワーが出てくるんやッ!?
この本のタイトルであるネパール・ヒマヤラのパンドラ(6850m)北東壁に挑むのは、アルパインクライマーとしてピークをとっくに過ぎた44 歳。
ネパール入国して早々大雨による土砂災害にみまわれたり、ようやく着いたベースから壁を偵察すると予想外にコンディションがわるかったりする。
あらゆる歯車が噛み合わないなかでの挑戦。
実際にやった人ならわかるけれどリスクの高い登攀を前に、すべての条件が揃ったところでなかなか出発できない。
これらすべては大石くんのパンドラ登攀に対するモチベーションの高さ。
そしてあらためておもったのは、出会った人によってその人というものがつくられてゆくのかもしれない。
昨夜、読み終えた本。
『山を歩く、魂が還る』(矢作直樹著)
加齢により体力が低下したとき、どのようにして登山と関わっていけばいいのか。
ある年齢に達すれば誰もが直面する。
(ワシは六十歳過ぎてもピンピンしとるいう人って、もともと体力を使うような山に行っていない)
この本を読んでゆくと、体力の低下=(イコール)失うとはならないようだ。
肩の力を抜いて、はじめて見えてくる光景がある。
ゆっくり歩いてみて、はじめて気づくことがたくさんある。
もしかしたら、体力的に山が歩けなくなってからはじめて出会える世界というものもあるのかもしれない。
◇
それにしても無理のない歩みを意識して、これだけ歩けてしまうのはやはりスゴい。
著者の還暦以降の主な山行。
・2021年3月10日〜27日(18日間)、三伏峠〜小河内岳〜荒川岳〜赤石岳〜聖岳〜茶臼岳
・2022年3月12日〜22日(11日間)、三伏峠〜塩見岳〜仙塩尾根〜北岳
・2023年3月11日〜22日(12日間)、農鳥岳〜北岳〜仙塩尾根〜仙丈ヶ岳
・2025年3月17日〜4月10日(25日間)、光岳〜茶臼岳〜聖岳〜赤石岳〜荒川岳〜三伏峠〜塩見岳〜北岳
いずれも単独。