昨夜のトークイベントだよ。
島根、鳥取、宮城、山梨、静岡など日本全国各地から。
小学6年生でキリマンジャロ登頂した少女から、泣く子も黙る第一空挺団(陸上自衛隊・落下傘部隊)まで。
あと毎週末100kgちかい荷物を担いで丹沢を軽々歩くニンゲンやない人も。
参加はしなかったけれど遠方女子のために快く泊めてくれるガンジーさん。
いろいろな人たちが来てくれて楽しかったよ。
あと酔った勢いで高いところで悪ノリだったけれど、墜落もケガ人もでなかったよ(笑)
昨今の登山界、場違いともおもわせる人がたくさん出没している。
山などほとんど行ったことないような(ツアー登山が中止にならないていどの山行しか経験ない)人たち。
でも発生してきて生存しているということは、何か意味はあるのだろう。
その意味について考えてみるのもおもしろいかもしれない。
国分寺「びぃだま」トークイベントのお知らせ。
中学生のとき丹沢や南アルプスをひとりで歩いていた。
いまみたいに山の景色の記憶は皆無。
山でいちばんの楽しみは、ほかの登山者から山の話を聞くことだった。
まだ丹沢しか知らなかった自分にとって、どんな山の話も新鮮だった。
山の難度という概念すらなかったあのころ。
山も人も純粋に輝いていた。
書評を書いた。
『ヤマケイ文庫 登山史の森へ』(遠藤甲太著)
書かれていることだけがすべてではない。
多くの人は、活字にしないと反応しない。
多くの人は、活字にしたとたん鵜呑みにする。
たいせつな記憶って、言葉にしたとたん色褪せてしまう。
あの世まで持っていきたい思い出がある。
眠っている(埋もれている)記録、あってもいい。
山の思い出、すべてを語らなくってもいい。
以上、書評を書きながらメモしたこと。
この本は、一般的な登山者には馴染みのうすい登山(登攀)記録を掘り出して、ときにユーモアをまじえて解説したもの。
先週、読んだ本。
『北海道犬旅サバイバル』(服部文祥著)
アスリートはたいていなんらかの身体的な故障をかかえている。
登山はほかのスポーツにくらべるとまだゆるい。
それでも40歳過ぎれば故障とも仲良く付き合っていかざるを得ない。
この本の著者であるサバイバル登山家は、50歳を前に激しいヒザの痛みに襲われ、引退という二文字がちらつく。
ならば体力が落ちきる前に、それまでの集大成としてこの山旅を企画する。
北海道を宗谷岬から襟裳岬へ。天塩山地、大雪山系、日高山脈と分水嶺に沿ってひたすら歩く。
2019年10月から11月、期間2か月間。
踏破距離700キロ(地図上の計算だと700キロだけれど実質は1000キロくらいか)。
現金もクレジットカードもなし、という新しいスタイル。ついでにバイトもなし。
(これまでほかの旅人が北海道で無銭旅行したはなしは聞くけれど、宿や漁を手伝ったり食糧が手に入るのが前提の旅だった)
愛する犬を連れて。
銃を担いでシカを撃ち食糧にしながら。
(途中3か所の山小屋に米をデポ)
この著者は旅を終えたら体力的な限界を受け入れて引退するのか、それとも、、
「今できる、今しかできない登山をちゃんとやっておくべきだ」(本文より)