先日、北東北の山で雪崩に遭った。
気がついたら自分の身体もまわりの雪と一緒にスローモーションで流されはじめている。
大型冷蔵庫くらいの大きさの割れた雪片に身体が押されはじめて苦しくなった。
このままでいたらヤバイ。ようやく自分が雪崩に巻き込まれているなと気づいた。
40~50メートルくらい流されて身体は止まった。
身体がだいじょうぶなのを確認すると、なにも考えることなく降りはじめていた。
強い人は雪崩をくらってもそのまま登っちゃう。
いや、ほんとうに強い人は若いときに天まで昇っちゃう。
今朝のときに胸まで潜る湿雪のラッセルに自分ではめずらしくしんどいなあと独り言をいっていたのは、もしかしたら虫の知らせだったのだろうか。
あのまま流されていたら沢をそのまま数百メートル滑落していた。
正しい判断なんて、いつだって行動しない人あるいは終わった人の机上の空論にすぎねえ。
正しい判断ばかり求めるくらいなら、はじめっから山など行かないことだ。
そんなことを日記にずらずらと書き綴った。
今回途中で止まったのは、もしかしたら自分にはまだまだやり残したことがあるという神からの導きだったのだろうか。

厳冬の津軽の山の記事を書いたよ。
爆弾低気圧の襲来にあわせての入山、4年前より10回以上トライしたけれど全滅だった。
それでも1つの節目はついたかなという気分にはなっている。
そもそも完成なんて永遠にあり得ない。
角幡唯介、佐藤裕介、大西良治といった自分にとっては雲の上どころか天に近いような存在のクライマーたちに混じって紹介されとるけど、自分の冒険論はそれなりに綴れたかなと思う。
詳細はこちらだよ。
http://www.gakujin.jp/menu105/
2016.10.21 10:50 [
山 戯言 旅]

秋晴れの下ノ廊下を歩きながらこんなことを思った。
*
それにしてもよくこんなところに道を拓いたものだなぁ。
当時の職人さんたちの苦労が、ちょっと想像がつかない。
(水平歩道のむこうに見える奥鐘山西壁はオマエ登ってみろといわれれば登れちゃう(実際10回くらい登ったからね)けれど、じゃあオマエ水平歩道を作れといわれたらまったくお手上げだ)
もしかしたらというか当然というか、、、
ほんとうに現場でがんばっている人やほんとうに苦労した人って、多くを語ることもなくそして歴史のなかで名前も残ることもないんだろうな。
机上の歴史と現場の歴史の溝、それは黒部峡谷のように深い。