2016.10.21 10:50 [
山 戯言 旅]

秋晴れの下ノ廊下を歩きながらこんなことを思った。
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それにしてもよくこんなところに道を拓いたものだなぁ。
当時の職人さんたちの苦労が、ちょっと想像がつかない。
(水平歩道のむこうに見える奥鐘山西壁はオマエ登ってみろといわれれば登れちゃう(実際10回くらい登ったからね)けれど、じゃあオマエ水平歩道を作れといわれたらまったくお手上げだ)
もしかしたらというか当然というか、、、
ほんとうに現場でがんばっている人やほんとうに苦労した人って、多くを語ることもなくそして歴史のなかで名前も残ることもないんだろうな。
机上の歴史と現場の歴史の溝、それは黒部峡谷のように深い。

黒部の下ノ廊下を旅してきた。
そこでひさびさに黒部の3大岩壁に再会した。
奥鐘山西壁、丸山東壁、大タテガビン南東壁。
いずれも二十歳のころに、かなり頻繁に登っていた。
最近は岩の崩壊のためにかつてのように登れないそうだ。
なかにはルートが消滅したものもあるようだ。
つまり一部は、現在はもう登れない状態。
二十歳のころはこれらの岩壁は、これからもずっとあるもの登れるものだとふつうに思っていた。
でも岩壁にかぎらず世の中あらゆるものが、いつまでも同じ状態がつづくとはかぎらない。
二十歳のころにいろいろなものを犠牲にして登っていたけれど、もしかしたら無理して焦って登ってそれはそれでよかったのかもしれない。
あれから30年経った今でも、これまたあらゆるものを犠牲にして旅をしている。
チャンスを生かすためには、つねに何かが犠牲になる。
一生のうちでチャンスが一度きりということもないけれど、そう多くもないだろう。
やりたいことを今すぐに着手できるとはかぎらないけれど、できるかぎりはやめはやめに手をつけていかないといつしかチャンスは遠ざかってゆく。
失った時間はもうもどらない。
下ノ廊下を歩きながら黒部の三大岩壁を眺めながらそんなことを思った。
2016.10.21 09:33 [
山 戯言 旅]



9月下旬から10月上旬の半月ちかく、東北の山をまわってきた。
思ったよりも歩けたかな。
危惧していたほどヒザも腰も悪化しなかった。
傍から見たらどうでもいいような身体のわずかな変化に一喜一憂しているだけかもしれないけれど、故障持ちにとって体調がさして悪くないのはやはりそれなりに嬉しい。
さて東北の山は山そのものももちろん良いけれど、地味だけれど落ち着きのある山麓をふくめて山をとりまくぜんたいが魅力的に感じる。
何度訪れても良いところだなぁ。