風雪の津軽のテントのなかで読んだ本。
『春に散る 』(沢木耕太郎著)
ボクシングには縁がないどころか、ボクシングをテーマにした本を手にするのもはじめて。
それでも上下巻900頁余を一気に読んだ。
ストイックなボクサーの生きざまを描いた小説。
試合で殴られまくり、失明の危惧にさらされながらも、前へ前へ。
いったいなぜ、そこまで。
光を失う恐怖はないのか。
そもそも何をめざしているのだろう。
世界チャンピオン獲得といった名声ではなく、内面的な世界を模索しているのか。
でも、見えなくなってもいいんです。この眼は、あの試合で、見たいものを見ましたから。
もしかしたら何かを失ってみじめに見えるようでいて、じつは何かを獲得して静かに満たされているのかもしれない。
完全燃焼という言葉は、すがすがしい。そして、おそろしくもある。
昨夜読んだ本。
『人はどう死ぬのか』(久坂部羊著)
数々の人たちの最期を見届けてきた医師が綴ったもの。
死ぬかと思ったという体験は何度でもできるけれど死際というのは一度しか体験できない。
死際こそ、たくさんの気づきがあるのではないか。
その人の初見における度胸が試されるのかもしれない。
自分は天才などともてはやされたけれどただ他人より多く練習しただけで特別なニンゲンではなかった、などあらゆる現実との対峙。
死際こそ人生の集大成かもしれない。
苦しみたくないと思っている人ほど苦しむ。
昨夜、一気に読んだ本。
『太平洋漂流実験』(斉藤実著)
ひさびさに強烈な読後感。
自分が山や旅に出てリスクと対峙することに対して、訊かれてもっとも不快な言葉にどうしてそこまでするのかというのがある。
それでも、、
この著者はゴムボートによる漂流実験で台風に遭遇して生と死の分岐点からギリギリ生還しながらも、どうしてふたたび海に向かうのだろうか。
きっとその人の行動のなかには、それまでの人生のなかで出会った人やできごとを通して生まれた疑問や違和感などすべてが凝縮されている。
「いっそ、わが手で命をちぢめ、苦しみから早く解放された方がいい。私はシーナイフをノドもとにおしあてた」
はじめて漫画を買ったかも(笑)
『アルパインクライマー 単独登攀者・山野井泰史の軌跡』
いきなりフリーソロの墜落シーンではじまる。
(鋸山をフリーソロして8メートル墜落して全身打撲)
でも落ちない人って上手くもならない。
難しくてリスクのあるルート(課題)に挑むから落ちる。
簡単で安全なルート(課題)ばかりやっていてもなかなか落ちない。
ケガが多い=(イコール)無謀だの何も考えてない、って受け止められてしまうけれど。
むしろケガが多い=(イコール)より高きより困難に取り組んだ、って解釈したほうがしっくりくることもあったりする。
ちなみにオイラも高校3年間をふり返ってみると、かんたんなフリーソロや谷川岳一ノ倉沢をひとりで登っていたけれどケガもなければ落ちたこともなかった。
裏を返せば、やればできてしまいそうなルート(課題)しかトライしなかったからであろう。
失敗って、とりわけ大失敗ってネガティブなイメージで捉えられてしまうけれど、もっと建設的に考えてもいいとおもう。
昨夜読んだ本。
『鷹と生きる 鷹使い・松原英俊の半生』(谷山宏典著)
・ほんとうに好きなことに出会えた人って、モチベーションや競争心の概念がうすい。やみくもに技を高めるのが目的ではなく、ただ鷹と狩りをするのが目的なのだから。
・ほんとうに好きなことに出会えた人って、まわりがたいへんでついていけなくなって離れてゆく人もけっこういる。いっぽうで後押ししてくれる人もあらわれる。
自分には鷹狩り以外にやりたいことはほとんどない。