○○山に100回登りましたより△△ルートを100回トライしたけど登れませんでしたのほうが遥かに厳しい。 だって厳しい山って100回も登れない。
受身型の努力って誰かに評価されなくなったとたん、不機嫌になって周囲に当たり散らすどころか、急激に情熱がさめて堕落がはじまったりする。
KODAK Digital Still Camera
『CHRONICLE 山野井泰史 全記録』(山と溪谷社刊)の登攀年譜の編纂をした。 小学生で親戚のおじさんと登った北岳から、五十歳を過ぎてのヒマラヤの未踏の岩壁や冬の谷川岳一ノ倉沢を登りつづける45年におよぶ登攀記録。 https://www.yamakei.co.jp/products/2821340390.html
垂直の世界で活躍する人たちって、壁を見あげたときにワクワク感につつまれている。 でも自分は、大岩壁を前にしてワクワクしたことがなかった。 谷川岳の一ノ倉沢、黒部の岩壁、欧州アルプス、ヨセミテのエルキャピタン、、 威圧感あるのみ。 いつかきっと、、 そう期待して本チャン・ルート200本ちかく登攀したけれど、ワクワク感に出会うことはなかった。 垂直の世界は、生理的に合わなかったのかもしれない。 30歳からはじめた水平の旅では、頻繁にワクワク感を感じている。 カナディアン・ロッキーを麓から見あげたとき、カナダ中央平原に立ったとき、風雪の津軽の山にむかうとき、、 登れなくっても充実する。 ただそこにいるだけでいい。 無理して垂直の世界にしがみつかなくてよかったな、ってつくづくおもう。
雨の日には、雨の日にしか見れない光景がある。