北岳バットレスの記事をちょこっと書いたよ。 なんといっても戦前の東京商科大山岳部の小谷部全助の活躍。 よく戦前に厳しい登山を追求=実家は特権階級のお坊ちゃん、と括られる。 (あながちちがっていないけれど) でも当時全盛だった極地法に批判的な目を向け、前進キャンプは最小限にとどめる。 →安易なスタイルによる成功を良しとせず。 身体能力を強化するために鉄棒で大車輪までこなす。 →現状に満足せずつねに精進。 冬の北岳バットレスの1カ月前に、穂高岳で滑落して足の骨にヒビが入り、出発直前まで1週間おきにレントゲンを撮り、完治せずビッコひきながら入山。 →出発にさいして万全とはいえない状況で成功に導いた。 めぐまれていたからできた、とはならない。 むかしも今も、第一線で戦う者の苦悩や葛藤は変わらない。 でもそういう深い話はぜんぜん書いてないよ(笑)
昨夜のThe Tribeでのトークイベント「長期間&長距離 登山家列伝 第7回目 厳冬期アラスカ登山家 栗秋正寿」だよ。 気温マイナス60℃、最大瞬間風速100mの厳冬季にマッキンリーとその周辺の山にひとり淡々と20年通いつづけた。 マイナス40°Cのなかテントで18日間停滞、雪洞で16日間晴天待ち、悪天候で26日間のフライト待ち。 速く登れる登山家はたくさんいる。寒さに強い冒険家もそれなりにいる。でも長時間待機できる登山家って、栗秋さんのほかにいない。 のほほ〜んとした栗秋さん、厳冬のアラスカの山に2カ月入っていても下山時に体重が変わらない。 攻めるだけが、我慢するだけが、成功への秘訣ではないのだろう。 ヘタに闘わないことで、うまく闘っている。 今シリーズではじめて御本人を招いたよ。