昨夜のThe Tribeでのトークイベント「長期間&長距離 登山家列伝 第3回目 冬季ジャブジャブ水中遡行と超長距離沢継続・溝江朝臣」だよ。
フリークライミングが流行りだした80年代、南アルプスを舞台にひとり黙々と沢に通いつづけたフルタイム沢屋の話。ひと夏を費やして沢から沢への壮大な継続や腰まで水に浸かりながらの冬の遡行を実践。
南アルプス南部の沢は上流部こそ完全凍結のアイスだが、下流部中流部は水のなかをジャブジャブ歩く。冬にウェットスーツを担いでの沢登りは、一時期話題になった。また1〜2カ月間におよぶ沢から沢への継続は、溝江朝臣のほかに見られない。
溝江朝臣ワールドにわずかでも迫ろうと、年が明けてから早朝の寒い時間帯の丹沢の沢で何度か水に浸かってみた。大寒寒波襲来の越後にも出かけて、大雪のなか川に入ってみた。
楽しいとはおもわなかった。
ただ溝江朝臣が寒いとかヤバいとかんじるラインが、凡人のオイラなんかより遥かに上にあるのだということがわかった。
あと参加者の方のなかに現役時代の溝江朝臣を知る方がいて、当時の貴重な話を聞くことができたよ。
今回はある目的で、大寒寒波襲来の越後に行った。
山頂でもないし豪雪でもない。
ひとまず目的は達せられた。
それにしても山頂にいかなければとか大寒波が来たら豪雪と戯れなければと凝り固まった考え方の人が多いね(笑)
昨夜のThe Tribeでのトークイベント「長期間&長距離 登山家列伝 第2回目 雑食型登山家・細貝栄」だよ。
高校時代に睡魔、幻覚、空腹と闘いながら「眠らずに何キロ歩けるか」を皮切りに、オールラウンドという言葉では括りきれない雑多なジャンルの登山を集中的に実践。型にハマらぬ行動力と自己探究心。千日回峰行など修行僧との共通点についても考察してみた。
なおタイトルの雑食型登山家の二つの意味は、、
一つは食べ物の雑食。細貝栄はなんでも食べる。ヤブ山縦走では、サンショウウオ、ウド、タラの芽、ユリの球根。冬の知床の海岸ではウニをたらふく食べる。冬の日高山脈では、行動食にアルファ米をそのまま食べる。停滞日は、即席ラーメンを生のままかじる。また「旅先であなたの忘れられない食べ物のアンケート」に、猿の糞煮、虎の肉、ハイマツの実、とある。(『地平線の旅人たち』(窓社)より)
もう一つは細貝栄の守備範囲のひろさ。不眠歩行、継続登攀、冬のルンゼ登攀、長期縦走、藪漕ぎ縦走、ヒマラヤの登攀、雨季のネパールトレッキング、ヒマラヤの山麓で水道設置工事や雪男さがし、ミャンマーでの焼畑農業調査、断食縦走。
あと今回のイベントで心残りだったことがひとつある。資料整理は暖かい図書館などではなく凍ったテントでやりたかったが、諸事情からできなかった。
昨夜読んだ本。
『凪(なぎ)の人 山野井妙子』(柏澄子著)
かんじたこと以下。
・表紙がいい
→表紙をとりはずしてひろげてみるともっといい。激しい登攀とおだやかな日常と。
・凍傷で指を切断してからのほうがクライミングがうまくなっている
→指がある人よりも登れたりする。家事に関しては、指がちゃんとある自称・主婦のベテランより遥かにきちんとこなす。
・山行歴のさいごが南アルプスの南部というのもいい
→古希をむかえ、これからどんな山行がならぶのだろう。おそらく潮どきといった概念すらないのかもしれない。
2月もきょうで終わり。
1カ月の三分の二は、寒波襲来の津軽の山で過ごす。
凍ったテントのなかであれこれ考える。
厳冬アラスカの山で合計846日(16冬で)過ごした栗秋正寿の世界をおもった。
オイラごときの拙い経験であれこれ発信(表現)してしまっていいのだろうか。
いやだからこそそうしたジレンマみたいなおもいを発信(表現)したい。
今月はあっという間だった。
◇
画像は、今季最強寒波襲来の津軽。
今回も行ってよかった。
とつぜんの腰痛悪化で動けなくなることを予測して、何かあっても生き延びれるように、10日分の食糧と燃料を担いで入山する。
連日つづく大雪。下山した日の積雪4メートルを越えていた。
街でも例年にくらべて倍ちかい雪の量。
そして冬の津軽の山ではめったにない快晴にめぐりあう。
ごくたまにしか晴れないからいい。
冬の津軽の山は10年間で200日ちかく入山している。山の頂には数回立った。