今でもよく勘違いされる。
私がまだクライミングをつづけているって。。。
二十数年前に、才能の無さを悟りクライミングは捨てた。
自分の思い描く才能とは、
・今を完全燃焼――死ぬためにクライミングしているわけではもちろんないが、いつ死んでも悔いがないのではないかと思えるほどの集中力を発揮する。
・高貴な価値観――成果云々よりも己の潜在能力をどれだけ引き出せたかに重きをおく。
才能は努力では補えない。
そう痛感したのがクライミングで得たただひとつの成果だった。
こう説明しても多くの人はポカーンとするだけ。
意識の低い輩には説明するだけムダかも。。。
このところフランス外人部隊の手記をよく読んでいる。
何の見返りも求めず、自らの意思でリスクの高い激戦地へ足を踏み込む。
多くの隊員は早死にする。あるいは戦闘で手足は粉々に吹っ飛ぶ。
無事生還しても、精神に障害を残す。
戦争の是非はともかく、シビアな世界に生きる彼らの「生きざま」から多くの刺激を受けている。
追求するとは、多くのリスクに背を向けないこと。
追求するとは、純粋に自分の納得のゆく道を歩むこと。
以下は、激戦地アフガニスタン入りを前にしたある隊員の手記。
〈私はこの命が尽きるまで戦い続ける。私が戦うことをやめたとき、それは私が私でなくなるとき〉

元旦より4日間、富士山へ行ってきた。
冬の嵐は予想以上だった。連日の猛烈な強風。5合目でテントを張るにも1時間近く費やす。
おさまることのない強風で、4日間テントはずっとバタバタ。それでも山頂を2往復してきた。

クリスマス寒波のなか富士山へ行ってきた。
今回はこれまでに経験したことないほどの突風に見舞われた。
9合目から山頂にかけては、耐風姿勢の合間に進む。
100m進むのに1時間は費やしたかな。
3回行ったら1回くらいは、突風でバランスくずして滑落死亡するんじゃないかっていうくらいの凄まじさ。
ひさびさに神経すり減らしたな。。。