『果てしなき山稜』(志水哲也著)が文庫本になった。 襟裳岬から日高山脈、十勝・大雪山系、北見山地そして宗谷岬へ、距離700キロ、期間半年。 厳冬の北海道を舞台にした山スキーによる単独踏破の紀行。 このなかのピークのどれか1つでも厳冬に立ってみればわかるけど、猛烈なラッセル、ホワイトアウト、雪庇踏み抜きによる墜落などどれもあまりにもリスクが高い。 (ピーク1つに立つだけでもじゅうぶんにたいへん) はやい話がいつ死んでもおかしくない。 この山行が成されたのはすでに20年前だが、公に発表されたものや風の噂をふくめてもまだ追従する者は出てきていないようだ。 アスリートとしてのレベルが格段に上がってきて、山の天気や雪質の情報の質も格段に進歩しても、それに続く記録がないということは、科学による力では解決できない要素があまりにも多いということだ。 さて、この本で感動するのは、客観的な難度云々よりも物事に真摯に取り組む姿勢であろう。 とにかく目標を設定したら後先のことなどぐだぐだ考えずに、惚れ込んだルートに全身全霊であたる。 そして目標達成と同時に虚無感にも似た思いにつつまれているようにすら感じる。 最後はまっ白に燃え尽きる、明日のジョーみたいだ。 でもたとえ虚無感しか残らなかったとしても、情熱を完全燃焼させるという経験はそうそうできるものではないだろう。 縦走モノといえば単純作業のくり返しで、時間を費やしてコツコツ努力すれば誰にでもできると思われがちだ。 たしかに当たらずしも遠からず。 クライミングにくらべると先天的なセンスを問われる部分はすくない。 しかし目標に対してなりふりかまわずに情熱を傾けられるというのは、その生き方をふくめてある種の先天的な才能にすら思える。