ヒザ痛や腰痛がいくぶんおさまって、12月に入ってから3週連続で沢登り。
いずれも行程の短い沢だけれど、谷間は電波が入らないしこの時期に遡行者に出会うことはまずない。
ノー・ヘル、ノー・ロープだし、荷物を軽くするために雨具すら持っていかない。
かんたんな滝でも、落ち口とかでズルッていったらもうアウトかな。
冬の谷は日がささないから、あっけなく疲労凍死する。
たぶん遺体すら来年夏くらいまで発見されない。
地理的には人里からそう遠く離れていなくても、ちがった意味で隔絶されとる。
いや、ぎゃくにこのプチ緊張感が手軽に味わえるのがいいんだよな。
きのうはかなり走ったりしたけと、ヒザにも腰にも思いのほかダメージを感じない。
まずまず充実したのはたしかだ。
きのう読んだ本。
『黒部の山賊』(伊藤正一著)
終戦直後に北アルプスの黒部源流の三俣山荘にたむろしていた四人の猟師のはなし。
彼らの卓越した技能には驚かされる。
昔の猟師の体力、とりわけ脚力に関してはさまざまな書物や資料で確認されている。
昨今の自称・山のベテランが数日費やすところを軽く1日で駆け抜ける。
それよりも終戦直後の乏しい情報量と乏しい装備であれだけの日数を険しい山に入っていて、大きな事故に見舞われていない。
いわゆる下界というか都市部に暮らす人たちよりも桁違いに膨大な知識や法則、知恵が猟師たちの頭には詰まっているのではないだろうか。
あくまでも推測に過ぎないけれど、体力だけでは理不尽の集合帯ともいえる自然の猛威のなかで生きのびることはむずかしいとおもう。
ちなみにこのあたりはこれまでに何度も訪れているけれど、この本を読んだあとに再訪したらおそらくこれまでとはちがった光景が見えてきそうだ。
伊藤正一写真展「源流の記憶 黒部の山賊と開拓時代」に行ってきたよ。
それにしてもすさまじい歩荷力。
どうみても100キロはありそうだし、バランスはめっちゃ悪そう。
登山道だって今みたいに整備されてないし、装備だって今みたいにしっかりしてない。
今の時代に換算したら果たしてどのくらいのことになるのだろうか。
こういうのをみてしまうと、わたしはザックを担いで山を歩いたことあります、なんて言いづらくなってしまう。
ザックが身体にフィットしませんとか濡れた丸太は滑って歩きにくいなんて言ってられねえぞ。
恐るべし先人たちの足跡。