昨夜のThe Tribeでのトークイベント「長期間&長距離 登山家列伝 第3回目 冬季ジャブジャブ水中遡行と超長距離沢継続・溝江朝臣」だよ。
フリークライミングが流行りだした80年代、南アルプスを舞台にひとり黙々と沢に通いつづけたフルタイム沢屋の話。ひと夏を費やして沢から沢への壮大な継続や腰まで水に浸かりながらの冬の遡行を実践。
南アルプス南部の沢は上流部こそ完全凍結のアイスだが、下流部中流部は水のなかをジャブジャブ歩く。冬にウェットスーツを担いでの沢登りは、一時期話題になった。また1〜2カ月間におよぶ沢から沢への継続は、溝江朝臣のほかに見られない。
溝江朝臣ワールドにわずかでも迫ろうと、年が明けてから早朝の寒い時間帯の丹沢の沢で何度か水に浸かってみた。大寒寒波襲来の越後にも出かけて、大雪のなか川に入ってみた。
楽しいとはおもわなかった。
ただ溝江朝臣が寒いとかヤバいとかんじるラインが、凡人のオイラなんかより遥かに上にあるのだということがわかった。
あと参加者の方のなかに現役時代の溝江朝臣を知る方がいて、当時の貴重な話を聞くことができたよ。
【溝江朝臣(みぞえ あさひと)|1941年1月1日、東京都世田谷区生まれ】
十代より未知の旅に憧れる。中学1年で、先生と行った丹沢・表尾根で登山にめざめる。玉川大学農学部卒。教員や研究職を経て、33歳でドロップアウト。以後、晴山雨読。四季を通じて南アルプス全域の沢に足跡をのこす。
主な記録に、79年赤石沢冬季単独初遡行。84年北岳バットレス〜滝ノ沢〜黄蓮谷の冬季・岩と沢の継続。84年甲斐駒ガ岳の前衛峰より光岳以南まで55日間、41沢を継続する。五十代以降は丹沢の沢にも取り組む。生涯2500本の沢を遡行。山岳部や山岳会には属さず、技術は独学。大部分が単独行。あんぱんが好き。
共著に『日本登山大系 南アルプス』(白水社刊)。「山と溪谷」「岳人」「山と仲間」「渓流」などに記録発表多数。
昨夜のThe Tribeでのトークイベント「長期間&長距離 登山家列伝 第2回目 雑食型登山家・細貝栄」だよ。
高校時代に睡魔、幻覚、空腹と闘いながら「眠らずに何キロ歩けるか」を皮切りに、オールラウンドという言葉では括りきれない雑多なジャンルの登山を集中的に実践。型にハマらぬ行動力と自己探究心。千日回峰行など修行僧との共通点についても考察してみた。
なおタイトルの雑食型登山家の二つの意味は、、
一つは食べ物の雑食。細貝栄はなんでも食べる。ヤブ山縦走では、サンショウウオ、ウド、タラの芽、ユリの球根。冬の知床の海岸ではウニをたらふく食べる。冬の日高山脈では、行動食にアルファ米をそのまま食べる。停滞日は、即席ラーメンを生のままかじる。また「旅先であなたの忘れられない食べ物のアンケート」に、猿の糞煮、虎の肉、ハイマツの実、とある。(『地平線の旅人たち』(窓社)より)
もう一つは細貝栄の守備範囲のひろさ。不眠歩行、継続登攀、冬のルンゼ登攀、長期縦走、藪漕ぎ縦走、ヒマラヤの登攀、雨季のネパールトレッキング、ヒマラヤの山麓で水道設置工事や雪男さがし、ミャンマーでの焼畑農業調査、断食縦走。
あと今回のイベントで心残りだったことがひとつある。資料整理は暖かい図書館などではなく凍ったテントでやりたかったが、諸事情からできなかった。
【細貝栄(ほそがい さかえ)|1950年、茨城県生まれ】
東京都立大学に入学後、独学で本格的に登山をはじめる。冬の谷川岳一ノ倉沢における一連のルンゼ登攀。那須〜浅間山の藪漕ぎ縦走では、ⅠからⅥまで藪にグレードをつけた。冬の日高山脈や天塩山地や知床半島、南アルプスでノン・デポ、ノン・サポートによる長期縦走。タムセルク南西壁登攀、ヒマラヤ山麓で雪男さがしや水道設置工事、雨季のネパールや解禁直後のガンゴトリ山群のトレッキング、ミャンマー東部における山岳民族調査。そして断食による長期縦走を実践。
共著に『地誌学を考える』(中村和郎、岩田修二編)。あるくみるきく 147号「限りなき山行」、164号「ひとりぼっちの知床」

昨夜のThe Tribeでのトークイベント「長期間&長距離 登山家列伝 第1回目」だよ。
戦後に「長期間」「長距離」をめざした登山家や冒険家にスポットをあて、その人の特色やめざしたものは何だったのか考える。
このあとも細貝栄、溝江朝臣、竹中昇、和田城志、深谷明、栗秋正寿などユニークな方々を紹介する全7回シリーズ。
オイラは毎回登場予定。
ほんとうにやりたいことがある人って、話題にならなくても周りがやっていなくてもやる。そしてつづける。
小雨のなか足を運んでくださった方々、はじめてお会いする方々、ありがとうございました
またお土産なども、ありがとうございました
きょう読み終えた本。
『国宝 下』(吉田修一著)
(どんなストーリーかはネットでいくらでもでてくるから略)
さいごは感動した。
物語としての感動はもちろんだけれど、この本の主人公である歌舞伎俳優の芸における超克した世界観に感動した。
もしかしたらこの歌舞伎俳優なら、オイラの十数年前に厳冬カナダ中央平原で酷い顔面凍傷の余波で一時期に目が見えなくなる直前の、一歩踏み込めたような解き放たれたようなあの感覚を話したら通じそうな気がする。
トークイベントのお知らせ。
長期間&長距離 登山家列伝 #1
『2人の還暦 田中幹也と志水哲也』
〜俺たち生き残りか、死に損ないか〜
二人は高校時代、鷹取山のゲレンデで出会い共に登った同い年。10代後半から30歳前後まで登山に集中したのち、田中は水平方向の冒険に、志水は風景写真の表現に向かって行く。
田中は2013年植村直己冒険賞を受賞し有名になったが、期待され自身の冒険ができなくなったと言う。志水は黒部に憧れ移り住んで活動した26年間が、成功だったか失敗だったか何だったろうかと考えながら生きていると言う。
今年還暦を迎えた二人だが、勝ち取ったものが何かわからないと言う。居場所を求め彷徨っているのではないだろうか。
この国の歩んできた登山の系譜、移り変わりを自身の人生を振り返りながら、戦後に「長期間」「長距離」を目指した特筆すべき登山家冒険家にスポットを当て、その人の特色、目指したものは何だったのか考える。和田城志、細貝栄、竹中昇、栗秋正寿、深谷明、溝江朝臣を紹介する全7回シリーズ。
●日時
10月1日(水)19:00〜21:00
●会場
The Tribe
東京都千代田区神田小川町2-6-3
東英小川町ビル 地下B1
●定員
先着40名
●参加費
無料
志水哲也(しみず てつや)|1965年、横浜市生まれ
JECC (OB) 、写真家、山岳ガイド
10代後半〜20代に国内、ヨーロッパでのアルパインクライミングの他、南ア、日高、知床などで長期縦走、大井川と黒部川の全支流踏査 (地域研究) を行う。
1997年黒部渓谷の玄関口・宇奈月町 (現 黒部市) に転居。以降2024年まで26年間、黒部、剱岳を題材にした写真集やエッセイ集を多数出版した。その他、日本の秘瀑、日本の世界自然遺産をテーマにした写真集に『日本の幻の滝』(山と渓谷社) 、『水の屋久島』(平凡社) 、『森の白神』(平凡社) の3部作がある。
最近のテレビ出演として、2021年12月は「世界ふしぎ発見」 TBSで屋久島の秘瀑を紹介。2022年は「アドベンチャー魂」 TBS-BSに3回出演。
田中 幹也 (たなか かんや)|1965年、神奈川県生まれ
登攀クラブ蒼氷、地平線会議
10代後半〜20代前半に谷川岳や黒部、甲斐駒ガ岳などの岩壁で四季を通じて合計約200本登る。
20代半ばから中国の奥地やモンゴルの旅。自転車でオーストラリア横断やタイ山岳地帯踏破。
30代〜40代は厳冬カナダの旅に取り組み北部、ロッキー山脈、中央平原、東部ラブラドル半島を訪れ、延べ20回の冬を費やしスキーや徒歩、自転車で合計2万2000キロ踏破。
50代は、天候が荒れるタイミングで冬の津軽の山に通い10年間で合計200日余り吹雪と戯れる。
2013年 植村直己冒険賞受賞
2019年 「クレイジージャーニー」(TBS)出演
2021/2022年 「アドベンチャー魂」(BS-TBS)出演
共著に『目で見る日本登山史』(山と溪谷)、『山と私の対話』(みすず書房)
昨夜はクライミングギャラリーThe Tribeにて「冒険とは、旅とはⅢ」(荻田泰永×田中幹也)のイベント。
冬のカナダの旅がメインなのだけれど、自分の場合はどうしてもクライミングから旅へ移行の話をしないと繋がらない。
クライミングは楽しかった。一緒に登った人も個性豊かでおもしろかった。
でも、自分にはクライミングとはちがった別の世界があるのではないかという違和感がついてまわった。
クライミングから旅への移行は、いまだにうまく整理できていない。
この先も自身に問いかけていきたい。
これからも何をめざしているのかわからない旅をつづけていきたい。
クライミングの世界でかんじたいいようのない閉塞感は、旅の世界ではあまりない。
要所で、舞台が岩壁登攀や自転車旅や大雪原の冒険なのに夜のバンコクやタイの女にハマる話を盛り込まざるを得なかった(固人名は出さなかったよ(笑))
なお荻田さんは、2011年冬から初夏にかけて角幡唯介と歩いたカナダ北東部のレゾリュート〜ジョアヘブン〜ベイカーレイク、1600km、103日間。
話がまとまっていてうまい。
なぜそこを歩いたのか、そしてそのルート周辺をとりまく19世紀の北西航路の航海の話が盛り込まれていてひじょうに興味深かった。
ふたりとも氷の上を歩きながら、荻田さんには荻田さんの世界が、自分には自分の世界がある。
(画像のカナダ地図の線は、自分の旅の軌跡)