先週、読んだ本。
『登山史の森へ』(遠藤甲太著)
ほんとうに価値ある登攀や山行って、当事者が多くを語らなくとも、なぜかどこからともなく話題になる。
誰かがいろいろな資料や目撃者の証言と照合して真偽のほどをたしかめ、やがて活字として残される。
そんな山の記録発掘調査の一連の作業を綴ったのがこの本。
この作業は体系的な暗記よりも、先天的な嗅覚がものをいうのではないか。
見えているものだけがすべてではない。
書きたいこといろいろあるけれど、諸事情あってここまで。
立山に半月余ほど滞在した。
夏の終わりから秋のはじまり。
ずっとおなじ場所にいるからこそ、わずかな自然の変化に敏感になる。
同じ日というのは一日としてない。
高校1年の夏、ひとりで剱岳に行った。
計画は八ツ峰、源次郎尾根、そして池ノ谷の剱尾根。
結果は、八ツ峰と源次郎尾根は登った。
いずれもルートをかなりまちがえて落ちるか落ちないかの場面があったけれど。
そのあと気合いの入った台風直撃で、剱尾根は行かなかった。
もしここで落ちたら数百メートル下に叩きつけられて頭なんかもげるだろう。
なんてことは考えもしなかった。
経験も知識もなかったあのころは、頭のなかでイメージする世界がひろくて可能性に満ちていた。
経験も知識もなかったころの自分は強かった。
四十年以上むかしの夏の思い出。
ここ10年間で立山の雷鳥沢で合計150泊以上してる。
夏をはさんだ季節でいちばんワクワクして落ち着く場所。
降りてきたばかりだけど、来月も半月くらい滞在したい。
好きなものって費やした時間にあらわれる。
これまでの人生をふりかえって。
もうすこし粘ったらできたかもしれないってあんまりない。
それより、もっとはやく見切りをつければよかったなっていうほうが多い。
夜の桜を観ながらそんなことをおもった。
昨夜読んだ本。
『彼女たちの山 平成の時代、女性はどう山を登ったか』(柏澄子著)
まずオイラがかろうじて山に行っていたのは昭和の終わりの2シーズンくらい。
平成の時代の山のはなしは、雑誌かSNSくらいでしかわからない。
面識があっても挨拶くらい。
だから自分にとって平成の登山はあくまで傍観者。
かんじたこといろいろ。
昭和の登れる女性クライマーはほぼ身なりに無頓着だったけれど、平成になると身なりに無頓着な登れる女性クライマーが激減した。
昭和のころ「男についてこれない女は山に行く資格なし」と凝り固まった考えの男が、平成になると激減した。
昭和の時代は登山関連のコミュニティが閉鎖的だったけれど、平成になると風通しがよくなった。
ただ風通しがよくなった弊害として、山の世界には場違いではないかとも思われる人たちがそれなりに紛れ込んでしまった。
女性が変化したのか全体が変化したのか。
平成を読むことで昭和が見えてきた。
この本を読みながら、オイラは山の世界からすっかり遠く離れてしまったなってあらためておもった。
昭和の時代、この表紙のようなカラフルなウェアはなかった。