The Tribeでトークイベント「長期間&長距離 登山家列伝 第5回目 竹中昇」
昨夜のThe Tribeでのトークイベント「長期間&長距離 登山家列伝 第5回目 風狂を尽くして 早稲田大学山岳部9年生、竹中昇」だよ。
今回のシリーズで竹中昇が、もっともなじみがうすいかもしれない。これまでの人たち――細貝栄、溝江朝臣、和田城志――は、山岳雑誌にインタビュー記事がある。大きな顔写真とプロのライターの文章があるかないかで、印象がちがってくる。竹中昇の雑誌の登場はない。
より厳しいルートから冬の剱岳・黒部を登るためのステップとしてヒマラヤ7000m峰に登るという発想、おもしろいじゃないか。
(かつては日本の山はヒマラヤのためのトレーニングという考え方が色濃かった)
精力的に難度の高い活動をしていても、自己顕示欲に乏しいと名前が出にくい。
誰かがとりあげないと、いつのまにかいなかったことになってしまう。
【竹中昇(たけなか のぼる)|1952年(昭和27年)、兵庫県豊岡市生まれ】
中学校から山岳部、高1で国体に出場。浪人時代のひと夏を三俣山荘で過ごし、黒部の山賊との出会いが、のちの土着の山登りに影響をあたえる。早稲田大学山岳部4年のおわりころより少人数での独創的な登山をはじめる。
76年3月、黒部別山第1尾根〜剱岳・八ツ峰1峰3稜。77年3月、鹿島槍ガ岳〜赤沢岳北西尾根〜黒部別山南尾根〜剱岳・八ツ峰1峰3稜。77年12月〜78年1月、親不知〜西穂高岳。79年3月、鹿島槍ガ岳〜赤沢岳西尾根〜黒部別山第1尾根〜剱岳・八ツ峰1峰3稜〜北方稜線下降。
76年、ドゥナギリ(7066m)北面(初登)。78年、グール・ラシュト・ゾム(6650m)東壁(初登)。79年、シックル・ムーン(6574m)南東稜(初登)、ブラマー1峰(6416m)南東稜。80年、バトゥラ1峰(7786m)南稜(7500mまで)。
80年〜81年、植村直己率いる冬季エベレスト登山中に滑落死亡。享年28。
81年3月、早稲田大学教育学部教育学科卒業。『竹中昇遺稿追悼集 風狂を尽して』(85年発行)。「日本山岳会学生部年報」や「山岳」の編集にも携わる。コーヒーと煙草が好き。