凍傷の足の指3本はすでに手遅れだった。。。 真っ黒に変色して、爪は剥がれ、腐った部分は欠落し、自分の足じゃないみたい。 近日中に入院、手術。 不幸中の幸いは、知人の編集者やクライマーが迅速に対応して、凍傷の専門医を探し出してくれたこと。
やっと終えた。冬季カナダ中央平原縦断1100km。期間70日間。 さて、1100kmといえば、ウルトラ・サイクリストなら2日間の距離。夏のコンディションなら速い人で1日600km走る。 どうしてそんなに日数費やしたのか? いつもとちがっていたところが二つある。一つは、酷い凍傷を患った。顔面、手の指数本、足の指10本全部。とりわけ足の指は酷く、終えたいまでもびっこ引いて歩いている。もちろん真っ黒。 そもそも日本を発つ3日前の富士山で顔面凍傷を患った。カナダではスタートして4日目にはやくも1週間の入院。日数の半分を凍傷のための入院と通院、抗生物質投与、点滴投与に費やす。ちなみに1カ所の病院ではない。退院したら(完治しないまま)北上、そして凍傷悪化でまた入院、を4回くり返す。医師からの猛反対は毎度のこと。でも、マイナス40度Cだろうが、凍傷で指が真っ黒だろうが、自転車旅はつづけられると証明できた。厳冬の自転車旅において、死の危険はほとんどないともいえる。 もう一つは、旅立ち前に「神風特攻隊」の映像を10日間、何百回も観つづけた。強さとは何か。困難とは何を意味するのか。旅立ち前の思い(疑問)が、そのまま今回の旅の支えになった。特攻隊の生き様からすれば、指を失うことくらいどうってことはない。厳冬の自転車旅なんてたいしたことはない。 「神風特攻隊」の生き様には賛否両論あろう。彼らにしても自分の意志でやっているわけではない。それでも「神風特攻隊」の生き様が、モチベーションを高めるのに役立ったのはたしかだ。そして人は死んだあとでも、その人の精神は生きつづける。早死(自殺?)もムダではない。 いや治療のため町で長期滞在がつづいたので、楽しいことも多かった。北へゆくほど物価が上がるカナダ。安いホテルでも1泊1万円はする。病院の外にテント張らせろ(滞在費セーブのため)と言ったら、アジア並みに安い部屋をさがしてくれた。 また治療費も信じられないくらい高額。治療が長引くにつれて、病院には内緒にしてタダで診てくれる医者があらわれた。薬も高価。病院からこっそりパクッてきてくれたナースも。一部では入院まで無料。ちなみに治療費に関しては最終的に、海外旅行保険が全額降りた。 極北の人たちはホスピタリティーにあふれていた。気分転換に町でもっとも高いレストランに行ってもタダにしてくれた。町でただ一つの華僑のチャイニーズ・レストランでは、何度行ってもついに一度もお金を受け取ってくれなかった。金儲けに走る華僑(失礼!)で、こんな体験ははじめてだ。町のカフェにてコーヒー一杯で時間つぶしていると、誰かしらが食事をもってきて(おごって)くれた。町を歩いていると知らない人からでも「具合はどうだ?」とよく声をかけられる。 最後の方は、自転車乗れるのは1日2時間が限界になってしまった。痛さと冷たさのために。1日2時間漕いで、3日休養(もちろんテント)して、をくり返す。さいわいいたるところにアイスフィッシングの小屋が点在していたので、世話になった。 こんな、尺取虫のような超ウルトラ・スローペースで2カ月半も費やしたおかげで、これまで見られなかった世界が体験できた。